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全件数846件の内、1件目から30件目までを表示

旧藩士の墓 (きゅうはんしのはか)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
江戸幕府の蝦夷地管轄により赴任した大勢の東北藩士達。東北出身とはいえ、宗谷の桁外れの寒さに越冬死者が続出したという。この地の墓には、宗谷で亡くなった会津や秋田の藩士、幕府関係者の霊がまつられている。
住所:北海道稚内市宗谷
TEL:0162-22-6518
情報提供:北海道稚内市
更新日時:2015年3月25日4:41

SL排雪列車「キマロキ」編成 (えすえるはいせつれっしゃ きまろき へんせい)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
SL排雪列車「キマロキ」編成は、豪雪地帯で活躍した排雪用編成列車です。昭和51年に当時の国鉄から無償貸与を受けて名寄公園の高台で展示保存を開始。現在は名寄市北国博物館前の旧名寄本線上に移設展示し、すぐ近くの宗谷本線を走る列車の中からも見ることが出来るようになりました。全国で名寄だけにしかないキマロキを見るため、道内外から鉄道ファンが集まります。
地図 住所:北海道名寄市緑丘222
TEL:01654-3-2575
情報提供:北海道名寄市
更新日時:2015年3月31日2:16

西月ヶ丘遺跡 (にしつきがおか いせき)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
住所:北海道根室市
情報提供:北海道根室市
更新日時:2015年5月20日22:14

音江環状列石(ストーンサークル) (おとえかんじょうれっせき すとーんさーくる)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
住所:北海道深川市音江町字向陽17番地1
情報提供:北海道深川市
更新日時:2015年2月21日0:46

三界萬霊塔 (さんかいばんれいとう)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
街道がまだ未開発の蝦夷地の中で、道南にすでに一筋の街道がありました。人馬が多く往来していた街道筋には「三軒茶屋」という小林所の跡地もありますが、昔宿野辺と呼ばれた駒ケ岳地域に「三界萬霊塔」という文字が刻まれた小さな石塔が立っています。文久2年(1862)建立のこの石塔は、世に生を受けたもの全ての霊を供養するものです。「三界」は過去・現在・未来を意味しています。
地図 住所:北海道茅部郡森町
情報提供:北海道茅部郡森町
更新日時:2016年11月18日22:58

榎本軍鷲ノ木上陸跡地 (えのもとぐんわしのきじょうりくあとち)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
明治元年(1868)旧10月20日(幕末)、徳川家臣・榎本武揚は軍艦8隻にて将士役3000名を率いて鷲ノ木村に上陸、 22日に先発隊が官軍の攻撃を受けて応戦したため、土方歳三と大鳥圭介の2隊に分かれて一路、箱館を目指しました。ここから箱館戦争が始まったのです。 なお、この場所はフランス軍人のブリュネがスケッチした駒ケ岳でも有名な場所で、現在ではこの海岸沿いではホタテの養殖がさかんに行われています。
地図 住所:北海道茅部郡森町
情報提供:北海道茅部郡森町
更新日時:2016年11月18日22:49

冷凍機械 (れいとうきかい)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
大正9年、日本初の本格的な冷凍工場が森町港町で操業を開始。アメリカ製の冷凍機により、森沿岸の魚を冷凍してして出荷しました。その50周年を記念し、昭和44年に地碑が建てられました。 
地図 住所:北海道茅部郡森町
情報提供:北海道茅部郡森町
更新日時:2016年11月18日22:45

東蝦夷地南部藩砂原陣屋跡 (ひがしえぞちなんぶはんさわらじんやあと)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
幕府は安政2(1855)年4月、仙台、秋田、南部、津軽及び松前の5藩に蝦夷地警衛の分担を命じた。 南部藩は箱館表出崎の警衛を主として、恵山岬から東蝦夷地幌別まで一帯の海岸を持場として、箱館谷地頭の北方に元陣屋をおき、砂原分屯所(南部陣屋)は安政3年には四軒町にあり兵隊約50名、砂原は市中と神社脇や駒ヶ岳のふもとに小屯(見張所)をおいた。砂原町四軒町に、東西37間(66.6メートル) 南北33間(59.4メートル)の方形に、周囲の土塁の高さ約1丈(3メートル)である。
地図 住所:北海道茅部郡森町砂原3丁目
情報提供:北海道茅部郡森町
更新日時:2016年11月18日2:26

鷲ノ木遺跡 (わしのきいせき)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
国指定史跡鷲ノ木遺跡の環状列石は、縄文時代後期前半(およそ4000年前)に造られました。森町の一帯は現在の地表面下に、約1から2メートルの厚さで駒ケ岳の火山灰(1640年に噴火した時の火山灰)が堆積しています。環状列石はこの火山灰のすぐ下で、石の上のほうが埋まりきらずに見えていました。厚い火山灰でパックされていたために、とても良好な保存状態を保っていました。
地図 住所:北海道茅部郡森町字鷲ノ木町
情報提供:北海道茅部郡森町
更新日時:2016年11月18日2:26

山越内関所跡 (やまこしない せきしょあと)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
住所:北海道二海郡八雲町山越
情報提供:北海道二海郡八雲町
更新日時:2015年7月28日5:19

箱館戦争官軍上陸の跡 (はこだてせんそうかんぐんじょうりくのあと)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
脱走軍追討ちの命を受けた連合軍(官軍)の上陸跡。記念碑あり。
住所:北海道爾志郡乙部町字緑町
情報提供:北海道爾志郡乙部町
更新日時:2015年3月25日19:25

アイヌチャシ跡 (あいぬちゃしあと)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
住所:北海道久遠郡せたな町瀬棚区南川
情報提供:北海道久遠郡せたな町
更新日時:2015年2月18日19:12

若山牧水歌碑 (わかやまぼくすいかひ)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
大正15年に雪の降りしきる上砂川を訪れ、雪中所見として
秋すでに つぼみをもてる 辛夷の木
雪とくる頃 咲くさまはいかに
霜はいま 雫となりて したたりつ
朝日さす紅葉 うつくしきかな
の句を詠んだことを記念し、昭和54年に建立された歌碑。 現在は「かみすながわ炭鉱館」の前に移設されています。
住所:北海道空知郡上砂川町本町北1丁目1番3号
情報提供:北海道空知郡上砂川町
更新日時:2015年5月28日18:30

白雲岳遺跡 (はくうんだけいせき)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
住所:北海道上川郡上川町
情報提供:北海道上川郡上川町
更新日時:2015年3月24日1:46

越路34線遺跡 (こしじさんじゅうよんせんいせき)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
住所:北海道上川郡上川町
情報提供:北海道上川郡上川町
更新日時:2015年3月24日1:46

蝦差牛遺跡 (えさうしいせき)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
住所:北海道上川郡上川町
情報提供:北海道上川郡上川町
更新日時:2015年3月24日1:45

富仁家墳墓群 (とにかふんぼぐん)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
住所:北海道沙流郡日高町字富浜
情報提供:北海道沙流郡日高町
更新日時:2015年2月19日23:48

判官館 (はんがんだて)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
住所:北海道新冠郡新冠町高江
情報提供:北海道新冠郡新冠町
更新日時:2015年3月4日21:29

バッタ塚 (ばったづか)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
バッタによる害を防ごうと、開拓使がバッタの成虫や幼虫を買い上げるなどして1カ所に積み上げ、土を盛った場所が残っている。
住所:北海道上川郡新得町新内
TEL:0156-64-0532
情報提供:北海道上川郡新得町
更新日時:2015年2月5日23:47

お供山砦跡群 (おそなえやまちゃしあとぐん)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
アイヌ民族の砦跡で厚岸町のほぼ中央の高台にある。
住所:北海道厚岸郡厚岸町御供
TEL:0153-52-4040
情報提供:北海道厚岸郡厚岸町
更新日時:2017年3月2日19:33

史跡国泰寺跡 (しせきこくたいじ)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
1804年(文化元年)に、江戸幕府が蝦夷地政策(東蝦夷地の警備など)の目的で伊達の善光寺・様似の等澎院ともに蝦夷三官寺として建立される。
住所:北海道厚岸郡厚岸町湾月1丁目15番地
TEL:0153-52-4040
情報提供:北海道厚岸郡厚岸町
更新日時:2017年3月2日19:33

神岩砦跡及び堅穴群 (かむいわちゃしあとおよびたてあなぐん)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
アイヌ民族の砦跡と堅穴住居跡を含む複合遺跡
住所:北海道厚岸郡厚岸町別寒辺牛
TEL:0153-52-4040
情報提供:北海道厚岸郡厚岸町
更新日時:2017年3月2日19:33

吉田松陰来遊の地 附 松陰室 (よしだしょういんらいゆうのち つけたりしょういんしつ)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
吉田松陰が宮部鼎蔵ていぞうと共に弘前に来たのは、嘉永5年(1852年)です。このとき二人は、藩の儒学者伊東広之進(号梅軒)宅を訪ねて藩の軍事や教育について説明を受け、また国事を談じました。

明治39年、伊東広之進旧宅を隣家の医師伊東重が購入してここに養生幼稚園を創立するとともに、松陰らが会談した部屋を「松陰室」と命名しました。現在は幼稚園舎から切り離されて、伊東広之進旧宅のうち玄関から座敷(松陰室)にかけての部分が保存され、今日に伝えられています。

この土地と建物は、明治維新の志士吉田松陰が訪れた記念すべきものであり、部分的ではあるが宝暦6年(1756年)以前に建てられた武家住宅の遺構としても貴重です。
住所:青森県弘前市大字元長町
情報提供:青森県弘前市
更新日時:2017年1月21日22:56

大森勝山遺跡 (おおもりかつやまいせき)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
岩木山の北東麓、大森川、大石川に挟まれた標高130~150メートル前後の舌状大地上に立地する縄文時代晩期前半期に形成された環状列石を中心とする遺跡。昭和34~36年度に発掘調査が実施され、発見当時日本最大の住居跡とされた大型竪穴建物跡、環状列石などが確認されました。環状列石は77基の組石で構成され、長径(南西-北東方向)に48.5メートル、短径39.1メートルの楕円形を呈しています。現在は遺構を埋め戻していますが、岩木山を背景とした、縄文時代を彷彿とさせる良好な遺跡景観を維持していることも貴重です。
住所:青森県弘前市大字大森字勝山
情報提供:青森県弘前市
更新日時:2017年1月21日22:36

長慶天皇御陵墓参考地 (ちょうけいてんのうごりょうぼさんこうち)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
住所:青森県弘前市紙漉沢字山越174-4
情報提供:青森県弘前市
更新日時:2017年1月20日21:38

是川遺跡 (これかわいせき)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
出土品は繩文後期の土器、特殊泥炭層により腐朽をまぬがれた木器で約5,000に及び、現在は「縄文の里」として、遺跡内に是川遺跡文化学習ゾーンを設け、その活用を図っている。重要文化財も多い。
住所:青森県八戸市是川
情報提供:青森県八戸市
更新日時:2015年5月21日6:07

史跡根城の広場 (しせきねじょうのひろば)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
根城は建武元年(1334年)に南部師行により築城されたと伝えられる城跡で、発掘調査をもとに安土桃山時代の建物が復元されている。建物内は南部家文書や出土遺物を手がかりに、当時の生活の一場面を再現している。
住所:青森県八戸市根城字根城47
情報提供:青森県八戸市
更新日時:2015年5月21日6:07

斗南藩史跡 (となみはんしせき)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
移封された会津藩が斗南藩を興し、開拓の拠点を夢見た所。現在は土壁跡に当時を忍ぶことができる。他にも数ヶ所史跡地がある。
地図 住所:青森県むつ市大字田名部字斗南岡
情報提供:青森県むつ市
更新日時:2015年3月2日17:35

亀ケ岡石器時代遺跡 (かめがおかせっきじだいいせき)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
木造駅から北西に12kmにある遺跡で、約2,000年前の縄文時代末期の遺跡です。
出土品は縄文時代の後期および晩期のもので、黒漆の地に赤漆で紋様を描いたらん胎漆器、硝子玉などは精巧で完成度が高く、卓越した芸術性がうかがえます。
かつては「亀ヶ岡のもの」と珍重された好家事の手によって、江戸や長崎、オランダ辺りにまで輸出され、発掘が繰り返されていました。
昭和19年(1944年)、文化財保護委員会によって「亀ヶ岡石器時代遺跡」および「田小屋野貝塚」が、史跡として指定されました。
住所:青森県つがる市木造亀ケ岡地内
TEL:0173-49-1194
情報提供:青森県つがる市
更新日時:2015年2月17日0:43

国史跡 種里城跡「光信公の館」 (くにしせき たねさとじょうし「みつのぶこうのやかた」)

ジャンル:見る>文化史跡>史跡
安東氏の侵攻に備えるため、三戸南部氏の命により、津軽藩の始祖大浦光信が延徳3年(1491)に築いたという。山上館とも呼ばれる山城で、江戸時代には本丸跡に光信の廟所が設置された。
住所:青森県西津軽郡鰺ヶ沢町大字種里町字大柳91
TEL:0173-79-2535
情報提供:青森県西津軽郡鰺ヶ沢町
更新日時:2015年3月27日23:54

出典:公共クラウド(総務省)、観光情報、
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